7ヶ月、大きな病院へ
妊娠7ヶ月。
私たちは、紹介された大きな病院へ向かった。
家から病院までは、車でおよそ90分。
道路が混んでいれば、2時間近くかかることもあった。
その長い道のりを、夫が運転してくれた。
私は助手席に座りながら、何度もお腹に手を当てていた。
早く詳しく調べてほしい。
何が起きているのか知りたい。
でも、もし何かはっきりしたことを言われたらどうしよう。
できることなら、今日の検査で「何もありませんでした」と言ってほしい。
知りたいのに、知るのが怖い。
答えが欲しいのに、悪い答えなら聞きたくない。
そんな矛盾した気持ちを抱えたまま、病院へ向かった。
病院に着くと、近所の産婦人科とはまったく違う空気があった。
建物も大きく、待合室も広い。
患者さんの数も多く、妊婦さんだけではなく、小さな赤ちゃんを抱いている人や、家族で来ている人もたくさんいた。
楽しそうに話している家族がいた。
赤ちゃんを見ながら笑っている人もいた。
一方で、疲れ切ったような表情で椅子に座っている人もいた。
静かに床を見つめている家族もいた。
そして、声を抑えることもできないほど泣いている家族を見たこともあった。
その光景を見たとき、私は思った。
もしかしたら、私たちもいつか、こちら側になるのかもしれない。
それまで「病気かもしれない」という言葉は、怖いけれど、まだどこか現実感のないものだった。
でも、大きな病院で実際にいろいろな事情を抱えている家族を目の前にすると、その言葉が急に現実に近づいてきた。
名前を呼ばれ、診察室へ入った。
ベッドに横になり、お腹にジェルを塗られる。
画面に赤ちゃんが映った。
赤ちゃんはよく動いていた。
先生が測ろうとすると手を動かし、身体の向きを変え、なかなかちょうどいい角度になってくれないこともあった。
その姿を見ると、一瞬だけ緊張が和らいだ。
今日もちゃんといる。
今日も動いている。
それだけで少し安心した。
けれど、検査が始まると、またすぐに緊張した。
一回のエコーは、だいたい30分ほどかかった。
頭。
お腹。
心臓。
血流。
内臓。
そして骨。
先生は一つひとつ、とても丁寧に確認していった。
画面の中で測りたい場所を探し、線を引き、数字を確認し、少し角度を変えてからもう一度測る。
赤ちゃんが動けば、また位置を調整し直す。
私は先生の動きを見ながら、何度もその表情を確認していた。
数字の意味は分からない。
医学的なことも分からない。
でも、先生が長く画面を見ていたり、黙って何度も測り直していたりすると、それだけで不安になった。
沈黙が、怖かった。
心臓はしっかり動いていた。
血流にも問題はないと言われた。
内臓も一つずつ確認され、大きな問題は見つからなかった。
頭や身体も成長していた。
でも、骨だけが短かった。
特に、大腿骨と上腕骨。
先生はそれぞれの骨を画面いっぱいに映し、端から端まで丁寧に線を引いて測っていた。
成長曲線を見ると、身体のほかの部分はある程度成長しているのに、骨の長さだけが少しずつ離れていた。
私はその画面を見ながら、
「やっぱり、骨だけなんだ」
と思った。
近所の産婦人科で言われたことが、偶然ではなかったのだということを、少しずつ実感した。
先生からは、遺伝的なものや、さまざまな病気の可能性について説明された。
いくつもの病名が出てきた。
そのどれも、私はほとんど聞いたことがなかった。
まだ病名は決まらない。
でも、「何かがあるかもしれない」という可能性は、少しずつ現実味を帯びていった。
検査の時間は緊張の連続だった。
けれど、すべてが怖い時間だったわけではなかった。
先生が骨や心臓を一通り確認したあと、ときどき赤ちゃんの顔がよく見える角度を探してくれることがあった。
ある日、顔が真正面から映った。
白黒の画面の中で、黒目のように見える部分がぱっちりと映っていた。
先生が、
「可愛いね」
と言った。
その一言が、なぜかとても嬉しかった。
病気を探すために検査をしている場所で、骨の長さを測り、成長曲線を確認し、さまざまな可能性を話している中で、先生がこの子をただ「可愛い」と言ってくれた。
その瞬間だけ、この子が病気の可能性を調べられている赤ちゃんではなく、私たちの娘に戻ったような気がした。
病院へ行くたびに、エコー写真が増えていった。
横顔。
身体。
手足。
顔。
家に帰ると、私はそれを何度も見返した。
怖い。
でも、可愛い。
不安。
でも、会いたい。
その頃の私は、自分の中にある感情をうまく整理できなかった。
病気のことを考えると怖くて泣きたくなるのに、エコー写真を見ると「早く会いたい」と思う。
不安と愛おしさが、いつも同時に存在していた。
この病院へ来た日から、妊婦健診はすべてここで受けることになった。
二週間に一度。
夫が運転する車で、同じ道を何度も通った。
最初の頃は、待合室にいる家族を見るたびに怖かった。
自分たちの未来を見ているような気がした。
でも、何度も通ううちに、少しずつその見え方が変わっていった。
そこにいる人たちは、みんな同じ「病気の子どもの家族」ではなかった。
一人ひとり違う事情があり、違う生活があり、その中で笑ったり、疲れたり、泣いたりしている。
家族によって、それぞれの毎日がある。
私たちも、この先何が起きたとしても、きっと私たちなりの日常を作っていくのかもしれない。
そんなことを、ほんの少しだけ思えるようになった。
そして、お腹が大きくなるにつれて、私の不安も少しずつ形を変えていった。
何の病気なのか。
という怖さから、
どんな顔をして生まれてくるんだろう。
無事に生まれてきてくれるだろうか。
私は、この子を見たとき何を思うんだろう。
という怖さへ。
時間は、私の気持ちが追いつくのを待ってはくれなかった。
出産の日は、少しずつ近づいていた。
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