あなたの未来を、まだ何も知らない
二週間に一度の通院が、いつの間にか私たちの生活の一部になっていた。
病院へ向かう道も、受付をして待つ時間も、診察室に入りエコーを見る流れも、少しずつ慣れていった。
でも、慣れたからといって、怖くなくなったわけではなかった。
病院へ行くたびに、私はどこかで期待していた。
もしかしたら、今回は骨が伸びているかもしれない。
前回より少しでも成長曲線に近づいているかもしれない。
先生から、
「少し追いついてきましたね」
と言ってもらえるかもしれない。
そんな希望を抱きながら、毎回ベッドに横になった。
でも、検査を重ねても、結果は大きく変わらなかった。
頭は育っている。
身体も育っている。
心臓は動いている。
血流にも大きな問題はない。
それなのに、長管骨の長さだけが、成長曲線から少しずつ離れていった。
さらに詳しく診てもらう中で、長管骨が短いことだけではなく、恥骨が十分に確認できないことや、頸椎にも特徴があることを説明された。
最初はたくさんあった病気の可能性が、少しずつ絞られていった。
そしてある日、先生から、
「先天性脊椎骨端異形成症の可能性が高いと思います」
と言われた。
長い病名だった。
先天性。
脊椎。
骨端。
異形成症。
一つずつの言葉は聞き取れても、それらが全部つながると、すぐには頭に入ってこなかった。
私は心の中で、その言葉を何度も繰り返した。
先天性脊椎骨端異形成症。
それまで検索画面で見てきたいくつもの病名の中から、一つの名前が、自分たちの子どもに近づいてきたように感じた。
先生は、ゆっくり説明してくれた。
低身長になる可能性があること。
症状には個人差があること。
目や耳に症状が出る可能性があること。
口蓋裂や呼吸の問題などが起こることもあること。
私は最初、
「低身長だけなら、それもこの子の個性として受け入れられるかもしれない」
と思った。
でも、説明が続くにつれて、また怖くなった。
目が見えにくくなるかもしれない。
耳が聞こえにくくなるかもしれない。
呼吸がうまくできないかもしれない。
まだ何も起きていない。
まだ生まれてもいない。
それなのに、頭の中にはまた、何年も先の未来が次々と浮かんできた。
それでも、その頃の私には、何度見ても少し笑ってしまうエコー写真が一枚あった。
ある日の検査で、先生が赤ちゃんの顔を真正面から映してくれた。
画面を見た瞬間、私は思わず、
「……目、大きすぎない?」
と思った。
白黒の画面の中で、身体の大きさに対して驚くほど存在感のある目が、ぱっちりと映っていた。
もちろんエコーだから、本当にそんな顔をしているわけではないのかもしれない。
角度や映り方の問題もあるのだと思う。
それでも、その写真は何度見ても目の存在感がすごくて、家に帰ってからも夫と一緒に何度も見返した。
その頃の私は、病院へ行けば長管骨の長さを聞き、成長曲線を見て、知らない病名や合併症の説明を受けるたびに気持ちが沈んでいた。
でも、一枚のエコー写真を見ただけで、
「この子、本当はどんな顔で生まれてくるんだろう」
と、純粋に楽しみに思える瞬間があった。
病気のことを忘れたわけではない。
不安がなくなったわけでもない。
ただ、その写真を見ている間だけは、この子は「先天性脊椎骨端異形成症の可能性がある赤ちゃん」ではなく、目がびっくりするほど大きく映った、私たちの娘だった。
不安と愛おしさは、どちらか一つになるものではなかった。
怖くて仕方がないのに、会いたくて仕方がない。
病気のことを考えると涙が出るのに、エコー写真を見ると笑ってしまう。
その二つの感情が、私の中ではいつも一緒に存在していた。
そしてある日、私たちは小児科の先生から、改めて話を聞くことになった。
その先生は、とても優しい人だった。
一方的に説明を進めるのではなく、私たちの表情を見ながら、ゆっくり言葉を選んで話してくれた。
私は、先生の話を聞き逃さないようにしようと思っていた。
ちゃんと聞こう。
泣かないようにしよう。
できるだけ冷静でいよう。
そう自分に言い聞かせていた。
でも、本当はずっと怖かった。
二週間に一度病院へ来るたびに、骨の長さがどれくらいだったのかを気にしていた。
先生が画面を見ながら黙る時間が怖かった。
数字を見ることも怖かった。
最初は、何も分からないことが怖かったはずなのに、今度は少しずつ分かっていくことまで怖くなっていた。
そして、先生が優しく声をかけてくれた瞬間、それまで必死に張っていた糸が突然切れたような気がした。
涙が出た。
一度出始めると、止まらなかった。
何が悲しかったのか、自分でもうまく説明できなかった。
怖かった。
悔しかったのかもしれない。
「どうしてこの子なんだろう」と思っていたのかもしれない。
まだ何も決まっていないのに、先のことばかり考えてしまう自分が苦しかったのかもしれない。
ただ、ずっと怖かった。
夫は隣に座っていた。
何か特別な言葉を言うわけではなく、ただそばにいてくれた。
そのことが、そのときの私にはありがたかった。
帰りの車の中で、私はお腹に手を当てた。
病名を聞く前から、この子はずっとここにいた。
そして病名を聞いたあとも、この子自身は何も変わっていない。
変わってしまったのは、私たちが知っていることの方だった。
「先天性脊椎骨端異形成症」
その長い名前が、この子のすべてを覆ってしまいそうになることがあった。
でも、お腹の中でこの子が動くと、そのたびに思い出した。
この子には、病気以外にも、まだ私たちが知らないことがたくさんある。
どんな声で泣くのか。
どんな顔で笑うのか。
どんな性格なのか。
何が好きなのか。
どんなことで怒るのか。
どんなことで笑うのか。
どんなふうに私たちを困らせ、どんなふうに私たちを笑わせてくれるのか。
未来のことは、病気のことだけではなかった。
エコー写真を見るたびに、
本当にあの写真みたいに目が大きいのかな。
どんな声で泣くんだろう。
抱いたら、どんなにおいがするんだろう。
そんなことを考えるようになった。
私はまだ、
「どんな病気でも大丈夫」
と言えるほど強くはなかった。
怖いものは怖かった。
できることなら、何も問題がありませんようにと思っていた。
でも、それでも少しずつ、一つの気持ちだけは確かに強くなっていた。
会いたい。
病名ではなく、この子に。
エコーの中で何度も見てきた、あの小さな顔に。
先生が「可愛いね」と言ってくれた、私たちの娘に。
そして、そんな私の気持ちが追いつくのを待ってはくれないように、出産の日は少しずつ近づいていた。
