いとちゃんの物語 第一章 第四話

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あなたの未来を、まだ何も知らない

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二週間に一度の通院が、いつの間にか私たちの生活の一部になっていた。

病院へ向かう道も、受付をして待つ時間も、診察室に入りエコーを見る流れも、少しずつ慣れていった。

でも、慣れたからといって、怖くなくなったわけではなかった。

病院へ行くたびに、私はどこかで期待していた。

もしかしたら、今回は骨が伸びているかもしれない。

前回より少しでも成長曲線に近づいているかもしれない。

先生から、

「少し追いついてきましたね」

と言ってもらえるかもしれない。

そんな希望を抱きながら、毎回ベッドに横になった。

でも、検査を重ねても、結果は大きく変わらなかった。

頭は育っている。

身体も育っている。

心臓は動いている。

血流にも大きな問題はない。

それなのに、長管骨の長さだけが、成長曲線から少しずつ離れていった。

さらに詳しく診てもらう中で、長管骨が短いことだけではなく、恥骨が十分に確認できないことや、頸椎にも特徴があることを説明された。

最初はたくさんあった病気の可能性が、少しずつ絞られていった。

そしてある日、先生から、

「先天性脊椎骨端異形成症の可能性が高いと思います」

と言われた。

長い病名だった。

先天性。

脊椎。

骨端。

異形成症。

一つずつの言葉は聞き取れても、それらが全部つながると、すぐには頭に入ってこなかった。

私は心の中で、その言葉を何度も繰り返した。

先天性脊椎骨端異形成症。

それまで検索画面で見てきたいくつもの病名の中から、一つの名前が、自分たちの子どもに近づいてきたように感じた。

先生は、ゆっくり説明してくれた。

低身長になる可能性があること。

症状には個人差があること。

目や耳に症状が出る可能性があること。

口蓋裂や呼吸の問題などが起こることもあること。

私は最初、

「低身長だけなら、それもこの子の個性として受け入れられるかもしれない」

と思った。

でも、説明が続くにつれて、また怖くなった。

目が見えにくくなるかもしれない。

耳が聞こえにくくなるかもしれない。

呼吸がうまくできないかもしれない。

まだ何も起きていない。

まだ生まれてもいない。

それなのに、頭の中にはまた、何年も先の未来が次々と浮かんできた。

それでも、その頃の私には、何度見ても少し笑ってしまうエコー写真が一枚あった。

ある日の検査で、先生が赤ちゃんの顔を真正面から映してくれた。

画面を見た瞬間、私は思わず、

「……目、大きすぎない?」

と思った。

白黒の画面の中で、身体の大きさに対して驚くほど存在感のある目が、ぱっちりと映っていた。

もちろんエコーだから、本当にそんな顔をしているわけではないのかもしれない。

角度や映り方の問題もあるのだと思う。

それでも、その写真は何度見ても目の存在感がすごくて、家に帰ってからも夫と一緒に何度も見返した。

その頃の私は、病院へ行けば長管骨の長さを聞き、成長曲線を見て、知らない病名や合併症の説明を受けるたびに気持ちが沈んでいた。

でも、一枚のエコー写真を見ただけで、

「この子、本当はどんな顔で生まれてくるんだろう」

と、純粋に楽しみに思える瞬間があった。

病気のことを忘れたわけではない。

不安がなくなったわけでもない。

ただ、その写真を見ている間だけは、この子は「先天性脊椎骨端異形成症の可能性がある赤ちゃん」ではなく、目がびっくりするほど大きく映った、私たちの娘だった。

不安と愛おしさは、どちらか一つになるものではなかった。

怖くて仕方がないのに、会いたくて仕方がない。

病気のことを考えると涙が出るのに、エコー写真を見ると笑ってしまう。

その二つの感情が、私の中ではいつも一緒に存在していた。

そしてある日、私たちは小児科の先生から、改めて話を聞くことになった。

その先生は、とても優しい人だった。

一方的に説明を進めるのではなく、私たちの表情を見ながら、ゆっくり言葉を選んで話してくれた。

私は、先生の話を聞き逃さないようにしようと思っていた。

ちゃんと聞こう。

泣かないようにしよう。

できるだけ冷静でいよう。

そう自分に言い聞かせていた。

でも、本当はずっと怖かった。

二週間に一度病院へ来るたびに、骨の長さがどれくらいだったのかを気にしていた。

先生が画面を見ながら黙る時間が怖かった。

数字を見ることも怖かった。

最初は、何も分からないことが怖かったはずなのに、今度は少しずつ分かっていくことまで怖くなっていた。

そして、先生が優しく声をかけてくれた瞬間、それまで必死に張っていた糸が突然切れたような気がした。

涙が出た。

一度出始めると、止まらなかった。

何が悲しかったのか、自分でもうまく説明できなかった。

怖かった。

悔しかったのかもしれない。

「どうしてこの子なんだろう」と思っていたのかもしれない。

まだ何も決まっていないのに、先のことばかり考えてしまう自分が苦しかったのかもしれない。

ただ、ずっと怖かった。

夫は隣に座っていた。

何か特別な言葉を言うわけではなく、ただそばにいてくれた。

そのことが、そのときの私にはありがたかった。

帰りの車の中で、私はお腹に手を当てた。

病名を聞く前から、この子はずっとここにいた。

そして病名を聞いたあとも、この子自身は何も変わっていない。

変わってしまったのは、私たちが知っていることの方だった。

「先天性脊椎骨端異形成症」

その長い名前が、この子のすべてを覆ってしまいそうになることがあった。

でも、お腹の中でこの子が動くと、そのたびに思い出した。

この子には、病気以外にも、まだ私たちが知らないことがたくさんある。

どんな声で泣くのか。

どんな顔で笑うのか。

どんな性格なのか。

何が好きなのか。

どんなことで怒るのか。

どんなことで笑うのか。

どんなふうに私たちを困らせ、どんなふうに私たちを笑わせてくれるのか。

未来のことは、病気のことだけではなかった。

エコー写真を見るたびに、

本当にあの写真みたいに目が大きいのかな。

どんな声で泣くんだろう。

抱いたら、どんなにおいがするんだろう。

そんなことを考えるようになった。

私はまだ、

「どんな病気でも大丈夫」

と言えるほど強くはなかった。

怖いものは怖かった。

できることなら、何も問題がありませんようにと思っていた。

でも、それでも少しずつ、一つの気持ちだけは確かに強くなっていた。

会いたい。

病名ではなく、この子に。

エコーの中で何度も見てきた、あの小さな顔に。

先生が「可愛いね」と言ってくれた、私たちの娘に。

そして、そんな私の気持ちが追いつくのを待ってはくれないように、出産の日は少しずつ近づいていた。