少し、気になるところがあります。
その日も、いつもと変わらない妊婦健診のはずだった。
病院へ向かう道も、受付を済ませて待合室で呼ばれるまでの時間も、特別なことは何もなく、私はいつものように「今日はどんな姿が見られるかな」と、少し楽しみにしながら順番を待っていた。
妊婦健診の中でも、エコーを見る時間は好きだった。
普段はお腹の中にいて、触れることも、顔を見ることもできない我が子が、ほんの少しの時間だけ画面の中に姿を見せてくれる。
手を動かしていたり、身体の向きを変えていたり、ときには顔を隠していたりして、そのたびに「今日はよく動いてるね」と夫と話しながら、少しずつ大きくなっていく姿を見ることが嬉しかった。
その日も、いつものように診察室へ入り、ベッドに横になってお腹を出すと、ジェルを塗られ、白黒のエコー画面に赤ちゃんの姿が映し出された。
最初は、何も変わったことには気づかなかった。
画面の中には、いつもと同じように小さな身体を丸めた赤ちゃんがいて、先生は頭の大きさやお腹の大きさを測りながら、いつものように診察を進めていた。
私は画面を見ながら、「今日も元気そうだな」くらいに思っていた。
ところが、途中から先生が少し長く画面を見るようになった。
同じところを何度か確認し、線を引いて数字を出して、少し角度を変えてからまた測る。
一本測り終えると、別の場所へ移り、また同じように測る。
その頃から、診察室の空気が少し変わったように感じた。
普段なら先生が途中で何か話してくれるのに、その日は画面をじっと見ている時間が長かった。
私は何が起きているのか分からないまま、先生の手元と画面を交互に見ていた。
聞きたい。
でも、聞くのが怖い。
そんな気持ちがあった。
そして、しばらくして先生が、
「少し、気になるところがあります」
と言った。
その一言で、それまでぼんやりしていた不安が急にはっきりした。
先生は画面を見ながら、
「手足の骨が、少し短めに見えますね」
と説明してくれた。
私は画面を見た。
でも、どこが短いのか分からなかった。
私には、いつもと同じ赤ちゃんに見えた。
「短いって、どういうことですか?」
そう聞くと、先生は、すぐに何か病気だと決まったわけではないこと、成長には個人差もあることを説明してくれた。
ただ、通常のエコーだけでは分かりにくい部分もあるので、もう少し詳しく赤ちゃんの身体を見た方がいい、と言われた。
そして、
「一度、4Dのエコーで詳しく見てみた方がいいと思います」
と勧められた。
4Dエコー。
それまで私にとって4Dエコーといえば、赤ちゃんの顔が立体的に見える、少し特別なエコーというくらいのイメージしかなかった。
顔が見えるかな。
どちらに似ているかな。
そんなふうに、楽しみのために見るものだと思っていた。
まさか、自分が赤ちゃんの身体を詳しく調べるために4Dエコーを受けることになるとは思っていなかった。
そして私は、4Dエコーで詳しく診てもらうことになった。
普通のエコーよりも詳しく、赤ちゃんの身体を一つずつ確認していく。
頭、身体、手、足、そして手足の骨。
先生は何度も角度を変えながら、丁寧に見ていった。
少し前まで「顔が見えるかな」と思っていたはずなのに、そのときの私の頭にあったのは、
「何もありませんように」
ということだけだった。
先生が画面を見ている時間が長くなるたびに、胸の奥が苦しくなった。
何か見つかったのかな。
やっぱり短いのかな。
大丈夫なのかな。
聞きたいのに、怖くて聞けなかった。
画面の中では、赤ちゃんが動いていた。
私がこんなに不安になっていることなんて知らないように、いつも通り身体を動かしていた。
その姿を見ていると少し安心するのに、先生がまた骨を確認し始めると、すぐに不安が戻ってきた。
検査のあと、先生から改めて説明を受けた。
やはり、手足の長い骨、いわゆる長管骨が少し短いこと。
そして、手足の骨のバランスにも少し気になるところがあること。
「長管骨」という言葉を、私はそのとき初めて知った。
先生は、今の段階ではまだはっきりとは分からないこと、これからの成長を見ていく必要があることを話してくれた。
私は説明を聞きながら何度もうなずいたけれど、正直なところ、頭にはほとんど入ってこなかった。
「骨が短い」
その言葉だけが残った。
病院を出たあとも、その言葉は頭の中に残り続けた。
隣にいる夫は、私よりずっと落ち着いているように見えた。
もちろん、夫にも不安はあったのだと思う。
でも、そのときの私は自分のことで精いっぱいで、夫の気持ちを想像する余裕はなかった。
どうしてそんなに普通でいられるんだろう。
私はこんなに怖いのに。
そんなことを思っていた。
家に帰ってからも、診察のことばかり考えた。
普通のエコーで少し気になると言われ、4Dエコーで詳しく見てもらい、そこで改めて骨の短さを指摘された。
朝までは、ただの妊婦健診の日だった。
それなのに、たった一日で、自分たちの妊娠生活に今まで知らなかった不安が入り込んできた。
お腹に手を当てると、赤ちゃんが動いた。
いつもと同じ胎動だった。
病院で何を言われても、この子自身は何も変わっていない。
そのことが、少しだけ救いだった。
でも、安心できたのはほんの短い時間だった。
私はスマートフォンを手に取った。
「胎児 手足 骨 短い」
「長管骨 短い」
「妊娠 骨 短い 病気」
覚えている言葉を、一つずつ検索窓に入れていった。
すると、知らない病名がいくつも出てきた。
聞いたことのない病気。
遺伝。
骨の病気。
合併症。
将来。
少し調べれば安心できると思っていた。
何が起きているのか分かれば、怖さも減ると思っていた。
でも、実際には逆だった。
知れば知るほど、また別の不安が生まれてきた。
まだ何も決まっていないのに、検索画面に出てくる言葉が、全部自分たちの子どもに関係しているように見えてしまった。
私はその夜、初めて知った。
分からないことは怖い。
でも、知ろうとすることもまた、怖いのだということを。
この日から、私たちの妊娠生活は少しずつ変わっていった。
ただ赤ちゃんが大きくなることを楽しみにしていた時間の中に、検査や数字、骨の長さという言葉が入り込んできた。
まだこのときの私は知らなかった。
この先、もっと詳しい検査を受けることになることも。
いくつもの聞いたことのない病名を耳にすることも。
何度も不安になり、何度も泣くことになることも。
そして、それでもこの子に会いたいという気持ちだけは、少しずつ強くなっていくことも。
