いとちゃんの物語 第一章 第一話

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少し、気になるところがあります。

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その日も、いつもと変わらない妊婦健診のはずだった。

病院へ向かう道も、受付を済ませて待合室で呼ばれるまでの時間も、特別なことは何もなく、私はいつものように「今日はどんな姿が見られるかな」と、少し楽しみにしながら順番を待っていた。

妊婦健診の中でも、エコーを見る時間は好きだった。

普段はお腹の中にいて、触れることも、顔を見ることもできない我が子が、ほんの少しの時間だけ画面の中に姿を見せてくれる。

手を動かしていたり、身体の向きを変えていたり、ときには顔を隠していたりして、そのたびに「今日はよく動いてるね」と夫と話しながら、少しずつ大きくなっていく姿を見ることが嬉しかった。

その日も、いつものように診察室へ入り、ベッドに横になってお腹を出すと、ジェルを塗られ、白黒のエコー画面に赤ちゃんの姿が映し出された。

最初は、何も変わったことには気づかなかった。

画面の中には、いつもと同じように小さな身体を丸めた赤ちゃんがいて、先生は頭の大きさやお腹の大きさを測りながら、いつものように診察を進めていた。

私は画面を見ながら、「今日も元気そうだな」くらいに思っていた。

ところが、途中から先生が少し長く画面を見るようになった。

同じところを何度か確認し、線を引いて数字を出して、少し角度を変えてからまた測る。

一本測り終えると、別の場所へ移り、また同じように測る。

その頃から、診察室の空気が少し変わったように感じた。

普段なら先生が途中で何か話してくれるのに、その日は画面をじっと見ている時間が長かった。

私は何が起きているのか分からないまま、先生の手元と画面を交互に見ていた。

聞きたい。

でも、聞くのが怖い。

そんな気持ちがあった。

そして、しばらくして先生が、

「少し、気になるところがあります」

と言った。

その一言で、それまでぼんやりしていた不安が急にはっきりした。

先生は画面を見ながら、

「手足の骨が、少し短めに見えますね」

と説明してくれた。

私は画面を見た。

でも、どこが短いのか分からなかった。

私には、いつもと同じ赤ちゃんに見えた。

「短いって、どういうことですか?」

そう聞くと、先生は、すぐに何か病気だと決まったわけではないこと、成長には個人差もあることを説明してくれた。

ただ、通常のエコーだけでは分かりにくい部分もあるので、もう少し詳しく赤ちゃんの身体を見た方がいい、と言われた。

そして、

「一度、4Dのエコーで詳しく見てみた方がいいと思います」

と勧められた。

4Dエコー。

それまで私にとって4Dエコーといえば、赤ちゃんの顔が立体的に見える、少し特別なエコーというくらいのイメージしかなかった。

顔が見えるかな。

どちらに似ているかな。

そんなふうに、楽しみのために見るものだと思っていた。

まさか、自分が赤ちゃんの身体を詳しく調べるために4Dエコーを受けることになるとは思っていなかった。

そして私は、4Dエコーで詳しく診てもらうことになった。

普通のエコーよりも詳しく、赤ちゃんの身体を一つずつ確認していく。

頭、身体、手、足、そして手足の骨。

先生は何度も角度を変えながら、丁寧に見ていった。

少し前まで「顔が見えるかな」と思っていたはずなのに、そのときの私の頭にあったのは、

「何もありませんように」

ということだけだった。

先生が画面を見ている時間が長くなるたびに、胸の奥が苦しくなった。

何か見つかったのかな。

やっぱり短いのかな。

大丈夫なのかな。

聞きたいのに、怖くて聞けなかった。

画面の中では、赤ちゃんが動いていた。

私がこんなに不安になっていることなんて知らないように、いつも通り身体を動かしていた。

その姿を見ていると少し安心するのに、先生がまた骨を確認し始めると、すぐに不安が戻ってきた。

検査のあと、先生から改めて説明を受けた。

やはり、手足の長い骨、いわゆる長管骨が少し短いこと。

そして、手足の骨のバランスにも少し気になるところがあること。

「長管骨」という言葉を、私はそのとき初めて知った。

先生は、今の段階ではまだはっきりとは分からないこと、これからの成長を見ていく必要があることを話してくれた。

私は説明を聞きながら何度もうなずいたけれど、正直なところ、頭にはほとんど入ってこなかった。

「骨が短い」

その言葉だけが残った。

病院を出たあとも、その言葉は頭の中に残り続けた。

隣にいる夫は、私よりずっと落ち着いているように見えた。

もちろん、夫にも不安はあったのだと思う。

でも、そのときの私は自分のことで精いっぱいで、夫の気持ちを想像する余裕はなかった。

どうしてそんなに普通でいられるんだろう。

私はこんなに怖いのに。

そんなことを思っていた。

家に帰ってからも、診察のことばかり考えた。

普通のエコーで少し気になると言われ、4Dエコーで詳しく見てもらい、そこで改めて骨の短さを指摘された。

朝までは、ただの妊婦健診の日だった。

それなのに、たった一日で、自分たちの妊娠生活に今まで知らなかった不安が入り込んできた。

お腹に手を当てると、赤ちゃんが動いた。

いつもと同じ胎動だった。

病院で何を言われても、この子自身は何も変わっていない。

そのことが、少しだけ救いだった。

でも、安心できたのはほんの短い時間だった。

私はスマートフォンを手に取った。

「胎児 手足 骨 短い」

「長管骨 短い」

「妊娠 骨 短い 病気」

覚えている言葉を、一つずつ検索窓に入れていった。

すると、知らない病名がいくつも出てきた。

聞いたことのない病気。

遺伝。

骨の病気。

合併症。

将来。

少し調べれば安心できると思っていた。

何が起きているのか分かれば、怖さも減ると思っていた。

でも、実際には逆だった。

知れば知るほど、また別の不安が生まれてきた。

まだ何も決まっていないのに、検索画面に出てくる言葉が、全部自分たちの子どもに関係しているように見えてしまった。

私はその夜、初めて知った。

分からないことは怖い。

でも、知ろうとすることもまた、怖いのだということを。

この日から、私たちの妊娠生活は少しずつ変わっていった。

ただ赤ちゃんが大きくなることを楽しみにしていた時間の中に、検査や数字、骨の長さという言葉が入り込んできた。

まだこのときの私は知らなかった。

この先、もっと詳しい検査を受けることになることも。

いくつもの聞いたことのない病名を耳にすることも。

何度も不安になり、何度も泣くことになることも。

そして、それでもこの子に会いたいという気持ちだけは、少しずつ強くなっていくことも。