いとちゃんの物語 第一章 第六話

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産まれた。

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1月5日。

この日、私は娘を産むことになっていた。

前日の夜、病室で大きくなったお腹に手を当てながら、

「もうすぐ会えるね」

と何度も話しかけた。

ちゃんと息をしてほしい。

できることなら、声を聞かせてほしい。

そして、私たちに顔を見せてほしい。

それだけを願いながら、朝を迎えた。

朝7時頃。

出産を進めるために、促進剤が始まった。

初めての出産だから、そんなにすぐには陣痛は来ないだろう、と聞いていた。

私自身も、すぐに何かが始まるとは思っていなかった。

夫にも、

「そんなに早く来なくて大丈夫だよ」

と伝えた。

長い一日になるかもしれない。

もしかしたら、今日中に産まれないことだってあるのかもしれない。

そんなふうに思っていた。

だから、促進剤を入れた直後は、まだどこか落ち着いていた。

これから少しずつ始まっていくんだ。

そんな感覚だった。

ところが、予想していたよりもずっと早く身体は反応した。

促進剤を始めてから、約2時間。

お腹の痛みが強くなってきた。

最初は、

「これが陣痛なのかな」

くらいだった。

でも、すぐにそんな余裕はなくなった。

痛い。

ただ、それしか考えられなかった。

今まで感じたことのないような痛みが、波のようにやってくる。

少し落ち着いたと思ったら、また次が来る。

私は夫にすぐ連絡した。

「陣痛きた。早く来て」

さっきまで、

「そんなに早く来なくて大丈夫」

と言っていたのに、もうそんなことを言っている場合ではなかった。

とにかく早く来てほしかった。

一人でこの痛みを受けることが、急に怖くなった。

そのあと、無痛分娩のための麻酔をしてもらった。

これで少し楽になる。

そう思っていた。

でも、私の場合は、思っていたほど効かなかった。

痛みは残った。

陣痛の波が来るたびに、身体に力が入った。

無痛分娩という言葉から、もっと痛みがなくなるものだと勝手に想像していたのかもしれない。

でも、そのときの私には、十分に痛かった。

そして夫が病院に到着した。

顔を見た瞬間、少しだけ安心した。

妊娠中、何度もこの病院まで一緒に来た。

何度も知らない病名を聞いた。

何度も不安になった。

何度も私は泣いた。

そして、この日も夫は私のところまで来てくれた。

もしかしたら、ここから長丁場になるかもしれない。

私も、夫も、そう思っていた。

でも、促進剤を始めてから3時間ほど経った頃には、かなり激しい陣痛が来るようになっていた。

出産のための体勢に入り、いよいよという空気になっていった。

思っていたよりも、ずっと早い。

朝、促進剤を入れたばかりなのに。

さっきまで夫に、

「そんなに早く来なくていい」

と言っていたのに。

気づけば、もう「産む」というところまで来ていた。

陣痛がまた強くなった頃、処置のため、夫はいったん別室へ移動することになった。

その間も、痛みは続いた。

時間の感覚は、だんだん曖昧になっていった。

何分経ったのか。

今が何時なのか。

あとどれくらいなのか。

そんなことを考える余裕は、ほとんどなかった。

そして、

「そろそろかもしれません」

という頃になり、夫が再び分娩室に戻ってきた。

ここまでは、順調だった。

促進剤にもすぐ反応した。

陣痛も来た。

出産の体勢にも入った。

だから私は、ここからそう長くはかからないのかもしれないと思っていた。

でも、本当に長く感じたのは、そこからだった。

いきむ。

休む。

また陣痛が来る。

またいきむ。

何度繰り返しても、産まれてこない。

「次こそ」

と思う。

でも、産まれない。

また陣痛が来る。

身体中に力を入れる。

今まで出したことのないような力を振り絞る。

それでも、産まれてこない。

夫は、私の頭の近くにずっといてくれた。

何ができるわけでもない。

ただ、私の頭をずっと撫でてくれていた。

痛い。

苦しい。

もう無理かもしれない。

そんなことを考えながら、それでも陣痛が来れば、また力を入れるしかなかった。

先生たちからは、赤ちゃんが産まれてくるためには、お母さんが押し出す力だけではなく、赤ちゃん自身が出ようとする力も少し必要なのだと説明された。

その力が、少し弱いのかもしれない。

そんな話を聞いた。

それを聞いたとき、妊娠中に何度も考えていたことが、頭をよぎった。

この子は大丈夫なのだろうか。

ちゃんと産まれてこられるのだろうか。

でも、そのときは考え込む余裕なんてなかった。

ただ、

「出てきて」

と思った。

一緒に頑張ろう。

あと少しだから。

出てきて。

1時間。

そして、2時間。

それでも、娘はなかなか産まれてこなかった。

私自身の体力も削られていった。

それ以上に先生たちは、赤ちゃんの体力のことを気にしていた。

このまま産まれてこなければ、帝王切開になる可能性もある。

そう伝えられた。

ここまで来て、帝王切開になるかもしれない。

でも、その言葉を聞いたとき、不思議と、

「絶対に自然に産みたい」

とは思わなかった。

どんな形でもいい。

この子が無事なら、それでいい。

妊娠中、何度も何度も心配してきた。

病気のこと。

呼吸のこと。

合併症のこと。

でも、今はそれより先に、この子が無事にここまで来てくれることだけが大事だった。

そして最終的に、吸引分娩をすることになった。

その頃の分娩室には、いつの間にかたくさんの人がいた。

助産師さん。

先生たち。

そして、研修医なのか、見学の人なのか、私には分からなかった。

大人が15人くらいいたように記憶している。

出産中の私は、

「こんなに人いるんだ」

と、どこか不思議な気持ちになっていた。

普通の出産でもこんなに人がいるのだろうか。

この子が少し特別だからなのだろうか。

そんなことを考えた。

でも、すぐにまた陣痛が来て、そんなことを考えている余裕もなくなった。

いよいよ吸引が始まる。

私も、もう一度力を入れる。

そのときだった。

ひときわ身体の大きな男性の先生が入ってきた。

そのときの私は、その先生が誰なのか知らなかった。

あとになって、その場で一番立場の上の先生だったと知った。

先生は私のお腹の上の方から、赤ちゃんを下へ送り出すように、強い力をかけた。

私の感覚では、本当に身体ごと押し込まれるような力だった。

吸引。

私のいきみ。

そして、先生の一押し。

そのすべてが重なった。

次の瞬間だった。

産まれた。

あれほど長く感じていた時間が、その瞬間だけ、一気に動いたような気がした。

ずっとお腹の中にいた娘が、初めて私の身体の外に出てきた。

何ヶ月も、エコーの画面越しにしか見ることのできなかった娘。

骨が短いと言われた娘。

先天性脊椎骨端異形成症かもしれないと言われた娘。

産まれたあと、自分で呼吸ができるのか分からないと言われていた娘。

その娘が今、私たちと同じ世界にいた。

「産まれた」

その言葉だけが、頭の中に浮かんだ。

それ以上のことを考える余裕はなかった。

ただ、本当に産まれてきてくれた。

それだけだった。

そして、産まれた娘は、そのままNICUへ行くことになった。

ずっと待ち続けて、ようやく会えたはずなのに、私たちの時間はすぐには始まらなかった。

私はまだ分娩室にいて、娘はNICUへ向かっていく。

妊娠中、何度も想像した「産まれたあとの生活」は、私が思い描いていた始まり方とは少し違っていた。

でも、一つだけ確かなことがあった。

娘は、産まれてきた。

1月5日。

この日に会おうと決めた娘が、本当に私たちのところまで来てくれた。

あの日、病室で何度も願った。

無事に産まれてきて。

ちゃんと息をして。

できることなら、声を聞かせて。

そして、私たちに顔を見せて。

まだ、そのすべての答えを私は知らなかった。

NICUで何が待っているのかも。

この子の身体に、実際にどんなことが起きているのかも。

これから私たちの生活がどう変わっていくのかも。

何も知らなかった。

それでも、この日、一つだけはっきりしたことがあった。

何度も未来を怖がった私たちのもとへ、

あなたは、産まれてきた。

―― 第一章 完 ――

第二章「産まれてから3ヶ月」へ

産まれてすぐ、NICUへ向かった娘。

初めて知る娘の身体のこと。

病院で過ごす日々。

思い描いていた育児とは少し違う、私たち家族の新しい生活。

そして、少しずつ見えてきた「病気」ではない、この子自身の姿。

物語は、産まれてからの最初の3ヶ月へ続きます。